海で親子読み聞かせ会を開くベビーシッターが抱く夢
安代 花音さん(ベビーシッター / 環境教育活動家)
神奈川県鎌倉市の由比ガ浜は、地元の人たちにこよなく愛されている海岸だ。週末や夏の時期は観光客も多いが、近くに住む人たちもサーフィン、水遊び、ジョギング、自転車、犬の散歩などを楽しむため入れ替わり立ち代わりやってくる。誰の表情からも、美しい景色と心地よい潮風を体で感じたいという気持ちが伝わってくる。 多くの人に愛されるこの砂浜を使い、親子を対象にした環境に関する読み聞かせイベントなどを開いているのが、Kanonこと安代花音さんだ。
ベビーシッター業務で感じた母親や子どもたちの戸惑い
―具体的にはどんな活動をされているのですか。
大きなテーマとしては自然環境についての啓発活動です。でも、難しいことは私自身まだあまりよくわかっていませんし、こうすべきだとか、でなければならないという活動は苦手なんですね。ですから「自然の中で遊ぼう」というシンプルな提案をしています。
今日のイベント名もそのままずばり『砂浜で遊ぼう』(笑)。きれいな海の空気を胸いっぱい吸いながら、波が寄せては引いていく様子を眺めたり、貝殻を拾ったり、砂浜をはだしで走り回る。
親子でたっぷり遊んだら、最後にちょっとだけ、海に象徴される自然が今どんなふうになっているかを知ってみませんかとお話をします。ゴミ拾いを兼ねた漂着物探しや、読み聞かせを組み合わせたワークショップですね。

「初めて海に来た子がペットボトルのふたを拾ってきて、これ、おうちにもある、と言ったときは複雑な気持ちになりました」
―活動を始めるきっかけは何だったのでしょうか。
私は自然保育にずっと興味がありまして。今は神奈川県内に住んでいますけれど、コロナの前までは千葉県の幼稚園で保育士をしていました。神奈川県に来てからはフリーのベビーシッターと学童保育のスタッフをしているのですが、ちょうどコロナが広がり始めたときで、子どもたちの間にも大きな戸惑いが広がっていることを強く感じました。
家庭生活へのコロナの影響というとシングルマザーや非正規労働の方のご苦労がクローズアップされますが、普通にお勤めされているご家庭にも影響は多かれ少なかれあったように思います。在宅勤務の広がりをポジティブにとらえる雰囲気も世の中にはありますが、テレワークがつらいというお母さん方が少なくありませんでした。
お父さんお母さんはおうちにいても、パソコンに向かって話をしなければならないので、子どもたちは家の中で大きな声を出しにくい。音も立てられないので萎縮しています。その間でしわ寄せを受けるのはお母さんなんですね。
お父さんがお勤め、お母さんがひとりで子供の面倒を見ているご家庭の場合も悩みはあります。学校や保育園が休みになったことで、我慢がキャパシティーを超えてしまったという女性は多かったです。しっかり面倒を見てあげたいけれど、気持ちや体がついていかないのがつらいとおっしゃいます。そういうご家庭からの依頼で、お子さんの面倒を見たり外へ連れ出して遊ぶのが、ベビーシッターとしての私の最初の仕事でした。

コロナ禍ではお母さんも子どもも孤独に。その不安を解消できる場が「海」でした
―コロナが暮らしを変えたというより、今まで社会が抱えてきた、あるいは先送りしてきた問題が、コロナであぶりだされたともいえるのではないでしょうか。
そう感じましたね。働き方改革というのは本来、育児や教育、福祉制度などの改革とセットであるべきはずなのに、それができていなかった。だから働き方を劇的に変えざるを得なくなった瞬間、お母さんたちは我慢の限界を超えてしまったのです。
私は、ベビーシッターといっても乳幼児だけをお世話しているわけではなく、依頼があれば小学高学年くらいのお子さんの面倒も見ています。放課後学童のスタッフとしても働いているのですけれど、子どもたちにすごくストレスがたまっていることを感じました。
学校へ通えるようになっても、前のようにみんなとおしゃべりしたり、走り回って遊ぶことができません。つねにマスク着用で、距離を保ちながら静かにしていないといけないわけですね。マスクなんて大嫌いだという子もいる一方で、コロナにかかるのが怖くてマスクをしていないと不安だという子もいて、友だちのマスクが鼻の下にずれているようなことさえも気になってしかたがない。
それぞれのご家庭の戸惑いが、子どもたちの発言や行動に現われていることを感じました。社会に振り回されているという感じです。お母さんも孤独なら子どもたちも孤独。こういう不安を少しでも解消できる方法はないかと私になりに考えたのが、自然の中へ親子を連れ出すことでした。
緊急事態宣言が解除されたタイミングで、ビーチクリーン活動関係のネットワークを通じて呼びかけてみたところ、予想よりたくさんの親子に参加していただけました。自分でも反響にびっくりしましたが、大きな励みになりました。今日はその2回目なんですよ。

浜辺での読み聞かせに使う教材は子供向けの科学絵本。海岸にはいろいろなものが漂着するが、それはどうしてだろうという視点から、プラスチックに象徴される人間の活動と自然の関係の〈今〉をわかりやすく伝える。「楽しい海と楽しくない海の違い、あるいはその理由が理解できれば、行動選択の基準が育つと思うんです」
地球環境の未来を担う世代に選択の道筋をつけてあげたい
―子供を自然の中へ連れ出すことは、三密を避けるという意味でも注目されましたね。
ベビーシッターの仕事でも、歩いて海へ行ける距離の場合はお子さんを連れて行って砂浜で遊んでいます。もともと海には大きな力がありますよね。うまく説明はできないのですけれど、人間の心に何かをもたらすというか、力をくれるというか。私も子どもの頃から海が大好きでした。
子どもたちを海で遊ばせたいと思うもうひとつの理由は、未来の世界を担う世代だからです。ここ由比ガ浜はビーチクリーン運動が盛んで、個人でも拾ってくださる方がいます。早朝3時、4時から拾っている方もいて、さあ拾おうかと行ってみるとゴミが落ちていなかったりする(笑)。けれど、観光客が多いほかの海岸は、行楽シーズンにはペットボトルや煙草の吸い殻がたくさん落ちています。
そういう感覚はもう終わってほしいと思うんですが、残念なことに通じない大人もいます。しかし、子どもたちはわかってくれると思うんですね。
なぜ私たちは海にごみを捨ててはいけないか。そういうシンプルなところから、自分なりに教育に関わりたいというのが、この活動に込めた思いです。
―ここ由比ガ浜は、目に見えるゴミはたしかに少ないですが、細かく砕けたプラスチック片が砂にたくさん混じっていますね。
マイクロプラスチックですね。人間が作り出した、自然の力では分解できない物質がプラスチックですが、それを使い捨てにしてきた結果が砂に混じっているこの無数の破片です。
子どもたちにはあまり難しい話はしませんけれど、プラスチックは油性なので同じく油性の有害な化学物質を吸着するそうです。それが海の生きものの体に取り込まれると食物連鎖で有害物質は体の大きな生きものに蓄積していきます。クジラが象徴的ですが、魚という毎日の食材を通じて私たちの体の中にも入ってくる可能性もあるわけですね。
海外のスラム街で出会った夢を忘れない子どもたち
―環境問題に関心を持つようになったのはいつごろですか。
今思えば小学生の時です。道徳かなにかの授業のときに見たビデオがきっかけでした。貧困問題を取り上げたもので、子どもながらに憤りを感じ、助けたいと感じました。やがて、そう簡単なことじゃないというのはわかってくるんですけれど、いつか機会があったら現場に足を運んで確かめたいと思っていました。勤務先の幼稚園を辞めたとき、行くなら今だと気づいたのです。
ボランティア・ツアーに参加して、フィリピンのスラム街のストリートチルドレンやゴミ山で暮らす子どもたちに青空教室を開きました。現実は子どもの頃に私が見たビデオどおりでした。
現地コーディネーターの方が、何でも質問していいよとおっしゃるので、子どもやお母さんたちに聞いてみたんです。みんなにとっての幸せってなんですか? どんな夢を持っていますか? と。
答えはいろいろでしたけれど、すごく意外というか印象に残ったのが、今がいちばん幸せだよという声の多いことでした。家族や友だちと一緒にいられる場所があるから、貧しくても不幸だとは感じないというのです。1週間前に母親が家を出て行ってしまった5、6人のきょうだいがいましたが、悲壮感がないんです。きょうだいで助け合いながらシンプルに生きれば何とかなるという感じで、とてもたくましく見えました。

フィリピンで体験したボランティアでは、幸福とは何かということを考えさせられた。
―将来の夢の質問にはどんな答えが返ってきましたか。
みんな明確な夢を持っていました。ファッションモデルになりたいとか、世界一周をしたいとか。日本人の子と変わらないけれど、きっと実現性では雲泥の差があります。それでも目の輝きと笑顔を失っていない。夢をかなえることの難しさはわかっているけれど、夢を持つこと自体はあきらめていないんですね。
とはいえ、心に余裕がないと環境問題のようなことまで視野が広がらないのが現実です。その意味では、フィリピンも日本も変わらないのかもしれません。むしろ日本の子どもたちのほうが幸福実感は低い感じがするのが気になります。今すぐにでも海からゴミを減らさないと、地球の未来は大変なことになってしまうのははっきりとした事実です。
私も夢と希望を忘れずに、きれいな砂浜に象徴される自然本来の姿を、子どもたちと一緒に取り戻していきたいと思っています。
「ゆる〜りな人」安代 花音さんへの質問
Q.
環境意識を世の中に浸透させるにはどうすればよいでしょうか?
A.
すごく難しい質問ですが、まず興味を持ってもらうことが出発点のように思います。「環境活動をしてます!」と打ち出すと、エネルギーのある方や発信力のある方が参加してくださって力強いのですけれど、意識の高い人しか集まらない現実もあります。
むしろ、いろいろなやり方が必要なのじゃないかなと思っています。地球環境が危機的状況であることがなかなか伝わらないのは、関心がないからではなく、知らない人が多いからだと思います。自然に対する愛情、尊敬、慈しむ心。そういう感覚の芽生えは「自然って楽しいね」という体験だと思います。ですから私は、海で一緒に遊びませんかとお誘いしています。
取材日:2021年11月
Profile
安代 花音さん
1995年千葉県松戸市生まれ。高校卒業後に保育の専門学校へ進み、千葉県内で自然保育に力を入れている幼稚園に就職。保育士として4年勤務した後、神奈川県茅ケ崎市に移り住み、フリーのベビーシッターになる。放課後学童保育のスタッフも務め、各家庭それぞれの事情に寄り添いながら子どもたちに接し、その成長に関わっている。
また湘南地域の海岸をフィールドに、kanonの活動名で自然環境を守ることの大切さを楽しくわかりやすく伝える親子ワークショップを開催している。