総合診療科医師に求められる社会的役割
小河原 忠彦さん(西東京中央総合病院 総合診療科)
近年、医療情報のなかで耳にすることが増えた総合診療科。簡単にいうと、不調を抱えているにも関わらず、どの科を受診してよいかわからない人たちのための窓口だ。西東京中央総合病院に勤務する小河原忠彦さんは、辛さと不安で二重に苦しむ患者の声に耳を傾け、適切な治療へと導く総合診療科部門のリーダーだ。
外科医として1000以上の 手術を手がけるが、倒れる
―総合診療科というのはいつ頃できた医療科目なのでしょう。
1970年代の終わり頃だったと思います。私の母校である佐賀医科大学に最初に創設されました。佐賀医科大学には、聖路加国際病院名誉院長として百歳過ぎまで現役医師として活躍した日野原重明先生も参与として関わっていました。アメリカでプライマリー・ケアの重要性が叫ばれていた頃です。プライマリー・ケアとは患者さんが抱えるさまざまな悩みに即応できる医療体制のことで、アメリカではホームドクター、ファミリードクターと呼ばれる人たちが担ってきました。
日野原先生たちは、日本にもこうしたセーフティーネットが必要だと考えたのです。アメリカに留学してホームドクターの資格を取った人たちが、佐賀大学や筑波大学に教室を持ち、そこから発展した医療科目が総合診療科です。
―小河原先生は最初から総合診療医を目指してきたのですか。
いえ、僕の医師としての出発は外科です。その後、上部消化器官専門の外科医になりました。上部消化管というのは食道、胃、十二指腸のことで、食道がん、胃がん手術のほか膵頭十二指腸切除術を多数手がけました。全摘出を含めて1000例以上執刀しました。
体力と気力には自信があったのですが、山梨医大第一外科医の臨床准教授だった48歳のとき、くも膜下出血を起こしました。血圧が高いのを知りながら無理に働いていたツケが回ったのです。健康のことをいちばんよく知っているはずの医者が病に倒れては洒落にもなりません。その後もなんとか手術は続けましたが、自分の父親の胃がん手術の執刀を最後に、総合診療医へ転向しました。
―働きすぎは気をつけないと怖いのですね。
油断は禁物です。総合診療医になってからは気をつけていたのですが、ずっとやめていた煙草をまた吸うようになってしまいました。60歳のとき、今度は狭心症で倒れました。それを機に煙草をやめましたが、人間、そこまで経験しないと決断ができない。医者だってそんなに意志は強くないんですよ(笑)。
―総合診療医になってみて気づいたことはありますか。
縦割り化した医療の限界に気づかされました。たとえば高齢者の場合、複数の疾患を抱えている方が少なくありません。心臓が悪い。腎臓も悪い。さらに肺まで悪い。糖尿病も持っている。いくつもの疾患を抱えている患者さんは、じつはどの専門医科も受け入れたがらないのです。
実際に総合診療科へ来て、医療体制のすき間に落ち込んでいる患者さんがいかに多いかを教えられました。 総合診療科には救急外来も運ばれます。骨折だがお年寄りで持病を持っているようだ。整形外科手術に耐えられるのか。難しい場合、ほかにどんな手があるのか。そういう判断もわれわれの役目です。
―お年寄りといえば、たくさんの薬を飲んでいる方もいます。
あれも今の医療体制を象徴する課題なんですよ。さまざまな症状を訴えるので、それぞれの科へ回され、そのつど訴えに対応した薬が処方される。症状はひとまず収まるのですが、飲む薬が20種類にもなったりする。総合診療科は、こういう問題を是正するためにできた科でもあります。
心に抱えた問題が不調や痛みになっていることも多い
―原因不明の不調を訴えて来る方などにも対応されていますね。
心の問題が不調や痛みの原因になっていることも多いです。たとえばこの病院の沿線にはフリーのアニメーターの方も多いんですが、あるとき、そういう仕事をされている40代後半の男性が受診に来られました。夜中、横になると脇腹がつかまれたように痛くなり眠れないというのです。
生活状況を聞くと、とにかく一日ずっと椅子に座っているような仕事で、ひとり暮らし。腸の検査をし、内視鏡で見てもなんともない。便通にやや問題があったので、便をコントロールする薬を処方しました。ところが次に来られたとき、お通じはよくなったけれど相変わらず脇腹が痛むというのです。4回目の診察のときだったと思います。雑談の中から、ヒントらしきものがふと出てきたんですよ。
アニメーターというのは不安定な仕事で、かつ実力の世界。でも、業界の中で自分の力量が正当に評価されないことに対する強い不満があったんですね。溜まっていた気持ちが、会話の中で怒りの言葉として出てきたんです。
そのとき思い出したのは、漢方の師匠の著書にあった〝腰痛は怒りも原因である〟という記述でした。漢方には怒りを鎮める『抑肝散』という有名な処方があります。その患者さんに抑肝散を処方したところ、症状が消えたのです。じつは、その方が訴えるような疾患は医学的には存在しないのです。抱え込んできた仕事の怒りや不安が、そういう痛みのイメージとなって吹き出したわけですね。
―総合診療科とは、心療内科の要素も兼ねているわけですね。
そういった一面もありますが、精神医がその患者さんの心の悩みを原因にさかのぼって治せるかというと、そうでもないんですよ。やはりほかの診療科目同様の問題が構造的にあるわけで。統合失調症とか双極障害といった病名がつけば治療もできるんですが、心の問題に起因する症状には、病名をつけられないものがすごく多い。たまに病院に来なくなる人もいます。気に入らなくて病院を変えたのかなと思ったら、通っているうち治ってしまいましたという(笑)。疾患なのか疾患でないのかということも含め、患者さんの声に真摯に耳を傾け、心をほぐしていくのが総合診療医です。
―かなり時間をかけて話を聞くのでしょうか。
限りはありますが、10分から15分はお話しするようにしています。それを繰り返していく。質問力という言葉もありますが、必要なのはしゃべってもらうきっかけを引き出す力ですね。場の空気の作り方といいますか。
外科医時代は、自分の医師としての経験を話してあげることが患者さんの安心になっていました。僕は今までたくさんのがん患者を手術してきて、これだけうまくいきました。86歳だった自分の父親の胃がんも執刀し、その父は88歳まで生存しましたとか。すると患者さんは元気になり、手術に対する気持ちも前向きになり、術後の経過もよくなる。これはある意味で、私に対する信頼の効果です。
でも、総合診療科へ来る患者さんに、外科での過去の成功体験は通じないんですよ。私の場合は違いますよね、となってしまう。今思うと、総合診療医になりたての頃は、自分の聴きたいことだけ患者さんに矢継ぎ早に尋ねていたように思います。見立てが合っているか、早く結論を出したかっただけ。でもそれは外科的な習慣でした。今手術するしかないという状況のときは、確認したいことをまず聞くことが正しいんですが。
ときどき急患もありますが、総合診療科に来るのは、なんとなく調子が悪いという方が多い。症状の表現も曖昧なことが多くてわかりにくい。情報を引き出すには、患者さんの話を傾聴するしかないんです。仕事のこと、家庭のこと、生活状況のことなどさまざまなことを聞き、ぽつりぽつりと話してくれる中から不調のヒントを探し出し、仮説を立てる。探偵のシャーロックホームズが、相手の話し方や、しぐさを見て、出身地や就いている仕事、心理を当て、事件を解決していくのに似ています。

「この病院へ来て1年目、印象的なことがありました。いろいろな症状を訴える21歳の女性からじっくりお話を聞き、一緒に治療していこうねというと顔色がパッと明るくなったんです。お話を聞いてくれる先生でよかったと。医者の言葉こそ最良の薬です」
腸内細菌が喜ぶ食事、無理のない運動、笑顔が健康の秘訣
―ご自身が健康のため心がけていることはなんですか。
質の高い眠りを6時間はとるようにしています。食生活では、腸内細菌叢のバランスをとり、免疫の調整力を維持するために食物繊維を意識的に摂るよう努めています。もうひとつは発酵食品のヨーグルト。自分で作って、毎日欠かさず食べています。
そして適度な運動ですね。速歩を組み込んだ散歩と、机やテーブルを使った軽い筋トレ。大事なのは頑張りすぎないこと。ストイックにやってもいいことはありません。雨の日や疲れた日はやらなくたっていい。楽しめる範囲で長く続けることです。
歩くなら朝をおすすめします。できれば緑のあるところ。歩くときは顔の口角をあげてみてください。形だけ笑っている状態でも、脳は幸福だと感じてストレスが抜けていくそうですよ(笑)。

筋トレは20秒を1セットに。テーブルなどを使った軽い腕立て伏せ。スクワットなど。空いた時間にちょっとやるだけでも効果があるとか。腸内フローラの多様性を維持するためヨーグルトは毎日欠かさない。ヨーグルトメーカーで自作している。趣味は城めぐりと料理。最近凝っているのはトマトソースづくり。
「ゆる〜りな人」小河原 忠彦さんへの質問
Q.
よいお医者さんを見つける方法はありますか?
A.
医師がこんなことをいっていいのかどうかわかりませんが、こだわるのなら経歴を見ることでしょう。総合診療医の中にも、専門のトレーニングを受けてきた医師もいれば、私のようにほかの専門で経験を積んでから来た医師もいます。医師に聞くのも方法です。初診では難しいですが、もしがんが見つかり手術が必要だと言われたら「先生ならどの先生に執刀してほしいですか?」と率直に尋ねてみる。遠慮はいりません。自分の命を託すのですから。医者との上手な付き合い方ならたくさんあります。まず、症状は要点だけ伝えてください。われわれはそれを元に聞きたいことを質問しますので。健康診断の結果もあると、見立てがしやすくなります。
取材日:2021年5月
Profile
小河原 忠彦さん
1957年長野県上田市生まれ。上田高校を経て佐賀医科大学(現・佐賀大学医学部)卒。多くの病院で経験を積んだのち、食道がん、胃がんなど上部消化管手術専門の外科医に。52歳のとき、自身の健康問題をきっかけにプライマリー・ケア(身近でなんでも相談できる医療体制)の分野に転向、総合診療医になる。2019年より現職。また、合同会社健康ひろば代表として未病・生活習慣病の対策の啓発、セカンドオピニオンに関する相談、ヘルスケア関連製品の開発アドバイスなどを行う。