辻 信一さん(文化人類学者・環境活動家)
辻信一さんは1970年代から経済至上主義による環境破壊に危機感を覚え、環境・文化運動を精力的に行ってきました。辻さんが店主を務める、神奈川県平塚市・善了寺のお堂内にある「カフェ ゆっくり堂」を訪ね、その活動や、今もなお加速している経済至上主義に、私たちはどう向き合えばよいのかなど、おうかがいしました。
コーヒーからスタートしたスロービジネス
ここ(カフェ「ゆっくり堂」は)は、ほっとする空間ですね。
そうでしょう? ここ善了寺を拠点として、私たちの生を支える「自然とのつながり」「魂とのつながり」「人間同士の社会的なつながり」という3つのつながりを取り戻す社会的ムーブメント「カフェ・デラ・テラ」を2010年にスタートしました。このカフェもその一環で、地域の会合や各種イベントを開催し、つながりづくりの場となっています。
カフェでは、コーヒー豆の販売もされてますが、辻さんは、「フェアトレードコーヒー」に早くから関わっていらっしゃいますね。
友人が始めたフェアトレード・ビジネスに参加したのが90年代の末、もう20年になります。
当時、エクアドルの鉱山開発で貴重な生態系が破壊されるという住民の訴えに動かされて現地へ行きました。鉱山開発は地域に雇用を生み、経済的な豊かさをもたらすという開発側の主張にただ「生態系を守りたい」と訴えるだけでは説得力がない。そこで、オーガニックコーヒーの栽培を軸に持続可能なビジネスを提案する農民たちを、フェアトレードで支えようということになったんです。
コーヒーは森の中で育つ日陰の植物ですが、大農園ではそれを大規模単一栽培でやるから、化学肥料もいるし、病気も出るので農薬に頼ることになる。でも、できるだけ自然に近い、多種多様な植物が共生する環境で育てる「森林農法」だと農薬も必要なく、たくさんの鳥や動物が住める豊かな森になるんです。
最近、また新たにつながりをもったのがタイのカレン族、スウェさんの「レイジーマン(怠け者)・コーヒー」です。「レイジーマン」とは、森を守り、農薬も化学肥料も使わない「何もしない農業」をはじめたスウェさんのお父さん、ジョニさんの愛称。この愛称は、怠け者だからこそ幸せになる、民話のヒーローからきています。
世界のほとんどの国と同様、タイでは農業の近代化が進んだ結果、農家は借金を強いられ、生活が立ち行かなくなり、農村から都市へと人口が流出し続けています。この方法ではいつまでたっても豊かになれないと気づいたジョニさんが、新しい農法で働き方をグローバルからローカルへ転換し、村を活性化させたんです。
「正しさ」を押し付けないでフェアな関係を築きたい
呼びかけ人をされている「100万人のキャンドルナイト」も2002年にスタートしてから、全国的に広がっています。辻さんの活動は環境運動特有の押し付けがましさがないのも特徴ですね。
「100万人のキャンドルナイト」は、経済成長のために原子力発電所をすごい勢いでつくろうとしていたアメリカの政策に抗議するカナダの団体からの「自主停電(ボランタリー・ブラックアウト)運動」の呼びかけがきっかけでスタートしました。ただ電気を消すだけではおもしろくないからキャンドルを灯してはどうかと提案し、楽しみながらできるイベントになりました。
自分の思う「正しさ」を訴えるだけでは、違う意見との溝を埋めることはできません。相手をやり込めようとするのではなく、新たなビジョンを示してそれに共感してもらう方法がいい。そしてそのとき示すビジョンは「楽しい」ほうがいいですよね。
そもそもぼくは「正しい」という言葉が好きではありません。「正しい」の向こう側には必ず「間違っている」があり、それを排除しようとするニュアンスがあります。人にはそれぞれの立場や事情、文化的価値観があり、自分なりのマインドセット(経験や教育などから形成された価値観)から「正しいと思うこと」を言っているに過ぎません。
だからぼくは「正しいこと」よりも、対する人、コミュニティ、動植物、まだ生まれていない未来の世代に対して「フェア(対等)であること」のほうが重要だと思っています。
人は「おそさ」に育てられ「ゆっくり」つながり合うもの
今、社会や自然との関係性を改めて見つめ直すときにきているのかもしれないですね。
そうです。そしてどんなものとつながるのにも、「ゆっくり」が必要です。ぼくはナマケモノという世にもすてきな動物の「おそさ」に思想的な影響を受けました。「おそさ」のように一見マイナスに思えることが実は重要なのではないかと思っています。
どんな「つながり」を築くのにも、それ特有の「おそさ」があります。たとえば子育てもそうで、効率化しようとするとおかしくなってくるし、人はゆったりした時間や関係がないと病んでしまいます。「おそさ」とは、もっと言えば「愛」です。関係性を支えるための時間と言ってもいいかもしれません。ぼくらは「おそさ」によって支えられ、生きているんです。
『星の王子さま』にもこんなお話が出てきます。王子さまが7番目の星、地球にやってきたとき、キツネと出会い友だちになります。キツネが言うには、友だちになるためには、ゆっくり近づくことが必要で、そうして時間をかけて築いた関係は人をしあわせにする、と。
でも王子さまは別れるときに悲しくなるから、仲よくなっても何もいいことはないじゃないか、と言うんです。するとキツネは、たとえ別れがあっても、これまでは自分にとって何の意味もなかった麦畑が、きみの金色の髪の毛を思い出すかけがえのない風景になる。それはどんなにうれしいことだろう、と。そして「きみがきみの星に残してきたバラの花を大切に思っているのは、きみがバラのために時間を無駄にしたからだよ」とも言うんです。
つまりキツネによれば、愛は時間を無駄にすること。効率性でものを考えないということです。でも今は「別れるのがつらい」から友だちにならないという選択をしていることがいかに多いか。私たちは、世界を計量可能なモノと見なして、なんでも効率的にすれば、よりよい世界になると信じているけれど、それは単なる思い込みに過ぎません。『星の王子さま』は、それとは違う次元があることを教えてくれています。
「より早く効率的に」と突き進み、行き着いた先がグローバリゼーションで、いまや単一のシステムが世界全体を覆い尽くし、生きること自体が競争になってしまっています。ぼくたちがいる「今」は、経済が社会を覆い尽くす時代の末路なのだと思っています。
そこから抜け出すために、私たちには何ができるのでしょうか。
マハトマ・ガンディーの言葉に「Be the change that you want to see in the world.(あなたがこの世界で実現したいと思う変化にあなた自身がなりなさい)」というものがありますが、ぼくたちにできるのは、まず自分を変えることです。
アインシュタインは、「ある問題を引き起こしたのと同じマインドセット(思い込み)で、その問題を解決することはできない」とも言っていますが、今の日本にある「経済成長にしか未来はない」というマインドセットが環境問題や戦争を引き起こしてきたのなら、その思い込みから抜け出すしかありません。
「前へ進もう」と言うけれど、「前」ってどこだよ、って。上でも下でもなく、なぜ「前」なんだろうとまず考えてみる。すると「前」とは単なる概念であることに気づくことができるでしょう。自分の囚われているマインドセットへの気づきが、人間らしさを取り戻し、世界を変えていく第一歩になるのではないでしょうか。
「ゆる〜りな人」辻 信一さんへの質問
Q.
ゆる〜りと日々の暮らしを楽しむには、どんなことを取り入れたらよいのでしょうか?
A.
世の中の大事な事象に「スロー」という言葉をくっつけてみてはどうでしょう。すると、そのことにいつもとは違う光が当たります。たとえば「食べ物」なら、「スローフード」みたいにね。家族や友人と過ごす時間や、食材が生き物であることなど、その裏にあるさまざまなことが見えてきます。
取材日:2018年1月
Profile
辻 信一 さん
明治学院大学国際学部教授。ナマケモノ倶楽部世話人。「100万人のキャンドルナイト」呼びかけ人代表。NPO法人「カフェ・デラ・テラ」共同代表。「カフェゆっくり堂」(神奈川県戸塚)店主。「スローライフ」「GNH」などをキーワードに環境運動と文化運動、環境共生型のスロー・ビジネスに取り組む。著書に『スロー・イズ・ビューティフル』(平凡社)、『弱虫でいいんだよ』(ちくまプリマー新書)、『よきことはカタツムリのように』(春秋社)など多数。
カフェ ゆっくり堂
https://www.yukkurido.com