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ゆる〜りな人

信頼はこだわりの表明から始まる

湘南・辻堂の小さなパン屋が、地域交流の拠点になるまで

青木 智和さん(国産小麦&素材を使ったパン「ムギナミベーカリー」 店主)


神奈川県の湘南地域は、明治時代から保養地として知られ、皇族や文人が居宅や別荘を構えた土地。日本のサーフィン文化発祥の地で、サザンオールスターズの名曲にもしばしば登場してきたこともあって、若者から熟年世代にまで知名度の高いエリアです。藤沢市辻堂にある『ムギナミベーカリー』の青木智和さん・麻衣子さん夫妻が、この地を開業先として選んだのも、湘南独特の雰囲気に惹かれてのことだそうです。

センスがよく、緊張を強いない普段着のまち

湘南といっても広く、地域ごとに異なる雰囲気があるように思います。
辻堂というエリアは端的にいうとどんな場所ですか。

青木さん 鎌倉、鵠沼あたりはおしゃれですね。伝統的な気品といいますか。茅ケ崎もおしゃれなエリアですが、つねに新しい感覚。辻堂もセンスのよい人や店が多いですけれど、おしゃれともちょっと違うまちな気がします。表現が難しいのですが、普段着のようにほっとできる。緊張を強いないといいますか(笑)。畑もまだありますし、養蜂をやってらっしゃる方もいますよ。湘南地域全体に共通すると感じるのは、環境意識の高い人が多いことですね。

ここで開業するまでの道のりを教えてください。

青木さん 僕は千葉県の佐倉市の出身で、高校時代は市内のパンとケーキの店でアルバイトをしていたんです。高校を卒業してからは都内にある大手自動車会社のメカニックをしていました。この仕事を選んだのは好奇心です。自分では意識がないんですが、そのころからものづくりが好きだったんだと思います。5年働きましたが、違う仕事も経験してみたいという思いもあって辞めました。でも、お世話になったのは結局、高校時代からアルバイトをしていたパンとケーキの店でした(笑)。

そこであらためて気づいたのですが、パンづくりとケーキづくりは似ているようで全然違うんです。ケーキは、こういうデザインというイメージのもとに直接造形しますが、パンは窯のふたを開けてみるまで結果がわからない。発酵という手順があるので形がつねに違う。緊張の質が異なるんですね。両方は無理だ。どちらを極めたいのかと考え、パンを取ることにしました。勉強のため都内のパン屋を転々としていたときに知り合ったのが、家内の麻衣子です。

国産素材を使った自家培養酵母のパンづくりと、高校時代から楽しんでいるサーフィン。
この両方をライフスタイルとして続けられる場所を探して出会ったのが、湘南の辻堂だった。

 

辻堂で開業すると決めた理由は何ですか。

青木さん 結婚したときは東京の下町に住んでいました。そこで長女が生まれたのですが、子育てをするならもうちょっと自然とふれあえる環境のところがいいよねという話になって。

麻衣子さん 私は伊豆半島の真ん中の大仁というところの出身なんですよ。まわりはたんぼばかりで。東京は便利で刺激的だし、下町の気さくな感覚も好きでした。子供と遊べる緑地や親水公園のような場所もあるんですけれど、伊豆半島の自然と比べると、緑や水の質も、空気も空の抜けも全然違うという思いがありました。

青木さん 引っ越すんだったら、波乗りができる場所がいい。家内も堤防釣りが好きなんですよ。海岸沿いで都内に通勤が可能な場所。最初は千葉県で考えたんですが、電車の接続が不便で。次に湘南を見に来たところ、まず家内が先に気に入って。たまたま茅ケ崎にいい物件があり、そこから都内のパン店に通っていました。

やがて茅ケ崎の隣のここ辻堂で、自分のお店を持たれました。

青木さん 引っ越してきて2年後の2004年です。パン職人の道を選んだ人の多くは、いつか自分の店を持ちたいと思っています。僕もそうでしたが、店を持てるかどうかは運もあって、技術と意欲があっても、ご縁がないと実らないのが現実です。僕の場合もたまたま。最初は1年くらいかけて近所を探しました。すると徒歩圏内にすぐいい物件があって。ついに契約だという日、通りの向かい側で新築工事をしているのが目に入ったんです。何ができるんですかと尋ねたら、パン屋さんだと。僕らはテナントで開業しよう思っていたんだけど、向こうはもう建てている。あきらめました。でも、幸運でした。同情した不動屋さんが空きを知らせてくれたのが、サーフショップだった今の物件です。

人はひとりでは何もできない。
つながる大切さを開業で実感

夫婦二人で開業にこぎつけるのはなかなか難しかったのでは。

青木さん いろいろな人たちに助けていただきました。僕の両親、家内の両親をはじめ、身内には出資もしてもらいました。業界の仲間からは道具と技術を協力してもらいました。材料関係は今まで付き合いのあった粉屋さん。オープンの日にはサーフィン仲間も手伝いに来てくれました。

感謝しながら、人ってひとりじゃ何もできないことを実感しました。ですから、この店は地域の人たちのつながりの核になる場所にしようと家内と話しました。

ここは住宅街の通りですね。

青木さん 通称はサーファー通り。サーフボードを抱えた人が路地から出てきたりもしますが、ごく普通の住宅街です。最初のころはほかにパン屋がなかったので、喜ばれましたね。その後、半径2㎞くらいの間に5軒もできたことは想定外でした(笑)。開業初期に比べると売り上げは落ちましたが、地域の利便性が高まることはよいことですし、結局パンづくりは僕ひとりの担当なので、ほどほどの仕事量のほうが体は楽なんですよ。働き方という視点で見ると、忙しすぎない今くらいのほうが適正だと思います。海で波に乗れる時間も増えましたしね(笑)。

地域のつながりの核になるパン屋。
具体的にはどんなことをされてこられたのですか。

青木さん まずは自分たちの姿勢の表明です。僕はパンを焼き始めて30年になりますが、修業当初、パン用の国産小麦ってなかったんですよ。パンを膨らませるのに欠かせないグルテンが多い粉は国産にはなかった。ある時期からパン用に開発された小麦が北海道で栽培されはじめました。つまりパンの選択肢が増えたのです。

大手べーカリーと個人のパン屋では経営のしくみが違うし役割も違います。僕は大手がつくりそうにないパンを地域の方に届けようと思いました。小麦粉だけでなく、塩、砂糖、牛乳、バター、チーズ、フルーツも国産を使っています。  おまえひとりがフードマイレージ問題に抵抗したってどうなるものでもないだろうと言われるかもしれませんが、近くにいい材料があるのなら使った方がいいに決まっています。日本の農家さんががんばっているのだから、日本のパン屋として応援したい。理由はシンプルです。

地元に近い材料を使うほど、地域の中でお金が回りますね。

青木さん しかも顔の見える関係だから間違ったものは混じりません。ご近所のよしみ、つながりを多方面に広げたい。パンを通じてそんな発信をしていくうち、この店は家から近いから便利だというお客さん以外にも、同じような考え方を持つ…がんばっている農家さんを応援したいという人たち…がうちに来てくれるようになりました。パンが好きだったわけではなかった人も、考え方に共感して寄っていってくださったり(笑)。

この店から生まれたアクションもあるそうですが。

青木さん 今は開催会場が辻堂海浜公園に移りましたが、毎月開催されている辻堂ローカルマーケットはこの店のテラスから始まりました。当時の実行委員長が場所を探しておられて。辻堂を元気にしたい人たち、暮らしについて真剣に考えたい人たちが交流を図る場をつくりたいという考え方に共鳴して協力させていただきました。

地元を代表するイベントでも中心的役割を果たす。地域通貨「ビーチマネー」も使える。

 

「住みやすいまち」の雰囲気づくりを今後も後押ししたい

辻堂に根を張って15年。印象に残る出来事はありますか。

青木さん 近年気づいたことですが、3世代で来店される方が増えてきましたね。開店当初は親子だったお客さんが、いつの間にか孫を連れている。若い世代が増えているなという実感もあります。直感ですが、子供の数も多い。僕たちがここへ来たときより多い気がします。世間では少子化が問題になっていますが、ここ辻堂は逆。賑やかなんです。子育てがしやすいまちとして認知されているんだと思います。これからも、そういう雰囲気づくりを後押しする地域のパン屋でありたいと思います。

「ゆる〜りな人」青木 智和さんへの質問

Q.

自家培養酵母を使っている理由を教えてください。
A.
パン屋はマンネリズムの極致とも言われているほど(笑)、毎日同じ作業の繰り返し。焼き上がったパンはよく似てるのですが、100軒あれば100通りの味があり、同じにはなりません。違いの理由のひとつが酵母です。一般的に使われるイーストはパンづくりに特化した酵母で、炭酸ガスをたくさん出します。つまり膨らみのいい柔かな食感のパンがつくれます。うちでは有機レーズンから採取して培養した野生酵母も使っています。イーストほど炭酸ガスが出ませんが、風味や味は強くなる。これが面白さ。でも、酵母は生きものなので気温などにも活性が左右され、味は毎日微妙に違っていると思います。

取材日:2019年2月


Profile

青木 智和さん

1965年千葉県佐倉市生まれ。高校時代にサーフィン魅せられる。子供のころから通うパンとケーキの店の主人がサーファーであることを知り、一緒に海へ行くうちにパンの世界を知る。高校卒業後は自動車会社でメカニックを5年。
その後、アルバイト時代の店へ。まもなくパンに特化して腕を磨くべく複数のベーカリーで修業。2004年、神奈川県藤沢市辻堂で妻の麻衣子さん(左=75年生まれ)とともに独立開業。地域活動の拠点としても親しまれている。

muginami BAKERY
神奈川県藤沢市辻堂東海岸1-10-18
定休日 月・木曜日
https://www.muginami-bakery.com

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